プロレタリア文芸

     二十七 プロレタリア文芸

 僕等は時代を超越することは出来ない。のみならず階級を超越することも出来ない。トルストイは女の話をする時には少しも猥褻《わいせつ》を嫌はなかつた。それは又ゴルキイを辟易《へきえき》させるのに足るものだつた。ゴルキイはフランク・ハリスとの問答の中に「わたしはトルス...

このエントリーの続きを読む≫

— posted by id at 07:38 pm  

詩形

     二十六 詩形

 お伽噺《とぎばなし》の王女は城の中に何年も静かに眠つてゐる。短歌や俳句を除いた日本の詩形もやはりお伽噺の王女と変りはない。万葉集の長歌は暫《しば》らく問はず、催馬楽《さいばら》も、平家物語も、謡曲も、浄瑠璃も韻文《ゐんぶん》である。そこには必ず幾多の詩形が眠つてゐるのに違...

このエントリーの続きを読む≫

— posted by id at 07:37 pm  

川柳

     二十五 川柳

「川柳《せんりう》」は日本の諷刺詩である。しかし「川柳」の軽視せられるのは何も諷刺詩である為ではない。寧ろ「川柳」と云ふ名前の余りに江戸趣味を帯びてゐる為に何か文芸と云ふよりも他のものに見られる為である。古い川柳の発句《ほつく》に近いことは或は誰も知つてゐるかも知れない。の...

このエントリーの続きを読む≫

— posted by id at 07:36 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.0359 sec.

http://urlmarkr.org/