とんとんとん
Kさんが立って呼鈴を押すと、とんとんとんと、いかにも面白そうに調子よく階段(はしごだん)を踏んで、女中さんが現れた。僕がこっそり好きな女中さんで、頬っぺたがまるく、目が人形のようにぱっちりしていて、動作がいかにもはきはきしていて、リズミカルだ、さすがに詩人の家(うち)の女中さんだと来る度に感心する。
僕は聖書を書卓(デスク)の上に置いて、目の前にあった葉巻を一本取上げた。「さあ、葉巻はどうです」と二度ほど勧められて、もう疾くに隔ての取れた間なのに、やっぱり遠慮していたその葉巻だ。女中さんは妙にくすりと云ったような微笑をうかべて僕の手つきを見て、それから若旦那の方を見て、
「あの、御用でございますか?」
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「さあ、今日は酒でも飲みながらゆっくり話そう」と云って、Kさんは二つの杯になみなみとウィスキイをついだ。
僕はすぐ酔ってしまった。Kさんのふだんはぼんやりと霞がかかったようにやわらかな顔が、輪廓がはっきりして来て、妙に鋭くなっている。Kさんが酔うといつもこうだ。二人の話は愈々はずみ出した。僕は調子に乗って、象徴詩を罵り始めた。
「僕は詩壇をあやまるものは今の象徴詩だと思います。象徴詩は人間を殺します、一体今の象徴詩などを作るには何も一個の人間であるを要しません、ただ綺麗な言葉をたくさん知っていて、それをいい加減に出鱈目に並べさえすればいいんです。それでいて詩人の本当の人間らしい叫びを説明だなどと貶すのは僭越じゃありませんか。シェレイの『雲雀の歌』などを持って来て、意味ありげな言葉をつなぎ合せて、でっち上げたばかりの自分の象徴詩を弁護しようなんて滑稽じゃありませんか。象徴詩なんて、要するに空虚な詩工には持って来いの隠れ場で、彼等はその中で文字の軽業をやってるだけです」
僕は口がだるくなって止めにした。Kさんは時々「ふむ、ふむ」と受けながら、穏かな微笑を浮べて聞いていたが、「まあそんなに憤慨しなくてもいいよ。つまらないまやかし物は時の審判の前には滅びてしまうのだから。早い話が、基督はいくら十字架にかけられても」と聖書を手に取上げて、「その精神は今日此中に生きているじゃないか。いくら圧迫されても無視されてもいいから、本当の詩を書かなくちゃいけない」と云ってまたそれを下に置いた。僕はこの先輩の声援にすっかりいい気持になって、その聖書をまた手に取ってしきりに引っくり返しながら、いつになく盛んに気焔を挙げた。
帰る時に、僕があまりその聖書を熱心にいじくっていたものだから、
「何なら持って行きたまえ」とKさんは云ってくれたが、僕はそうなんです。
何万人という群が、あの広い新宿の大通にギッシリ填(つま)って、押しあい、へしあい、洪水(こうずい)の如く、流れ出てゆくのだった。すべては、徒歩の人間ばかりだった。円タクやトラックの暴力をもってしても、この真黒な人間の流れは、乗り切れなかった。無理に割りこんだ自動車もあったが、たちまち、人波にもまれて、橋の上から、突き落されたり、米軍の爆弾が抉(えぐ)りとっていった大孔(おおあな)の底に転がりおとされたりして、車も人も、滅茶滅茶になった。
避難民の頭上には、姿は見えないが、絶えず、飛行機のプロペラの唸りがあった。叩きつぶすような、機関銃の響が、聞えてくることもあった。何が落下するのか、屋根の上あたりに、キラキラと火花が光って、やがてバラバラと、礫(つぶて)のようなものが、避難民の頭上に降ってきた。